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東京地方裁判所 昭和34年(ヨ)2137号 決定

申請人 株式会社主婦と生活社

被申請人 主婦と生活労働組合

主文

本件仮処分申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

理由

一、申請の趣旨

申請人は

「被申請人の別紙(一)物件目録記載の建物中四階全部、四階より三階に到る階段部分、ならびに一階中正面玄関西側鉄製シャッターをもつて限る線以西(同目録添付図面中青線をもつて囲む部分――以下「一階組合占有部分」という。)に対する占有を解き、申請人の委任する東京地方裁判所所属執行吏にその保管を命ずる。

執行吏は申請人に右建物中その保管にかかる部分の使用を許さなければならない。

被申請人はその組合員又は第三者をして右建物内に立入らしめてはならない。被申請人は、その組合員又は第三者をして、非組合員その他第三者が右建物に出入するのを阻止したり、その他一切の申請人の業務を妨害する行為をしてはならない。

執行吏は前二項の命令の趣旨を公示するため、適当の方法を講ずることができる。」

との仮処分命令を求めた。

二、昭和三四年四月一四日までの争議等の経過

申請人(以下、会社という。)が昭和三四年二月五日編集局社会部所属の従業員坂内啓子に対し、業務局販売促進課愛読者係に配置転換を命じたことから、会社従業員の一部で組織する被申請人(以下、組合という。)との間に紛争を生じ、組合は同月一五日午後四時午から争議に入つたこと、会社は同月二四日組合が会社所有の別紙(一)目録記載の建物(以下、社屋という。)の全部を占拠したとし、組合を相手方として社屋の所有権に基き全社屋につき本申請とほとんど同趣旨の仮処分の申請をし、当庁昭和三四年(ヨ)第二一一二号占有解除、妨害排除仮処分事件として係属したこと、会社は同年三月一八日早暁組合に対し社屋を閉鎖し、立入を禁止する旨の通告をしたこと、当裁判所は同年四月一四日右事件について別紙(二)の主文による仮処分命令(以下、前仮処分という。)を発し、右命令正本は同日午後三時頃被申請人に送達されたことは当事者間に争われていない。

三、本申請の要旨

申請人は

「組合は、前仮処分の趣旨を組合に対し社屋内に立ち入る権利を認めたものと曲解し、同日夕刻から社屋内に立入を強行しようとし、同日夜は外部団体員を交えた数十名の者が社屋正門扉や鉄製シャッターに投石したり、棒で連打し、正門入口丸窓をこじあけ、丸太棒を突込み、その隙間より胡椒をまくなどの暴挙を敢てした。翌一五日は外部団体員約三〇人が正門から立入を強行しようとした。

会社は同月一八日から社屋四階で編集業務を行うため、前日の一七日非組合員で同所を清掃し、机、椅子の配置換をしようとしたところ、組合員がこれを阻止し、四階の窓から女子組合員をして社屋外に待機していた組合員や外部団体員に「会社が暴力を振うから助けて」と叫ばせ、それを合図に社屋隣の研数学館から社屋の窓ガラスを打ち破り、或いは一階に設けられたロックアウト施設を蹴破り、又は四階から引き上げた繩梯子をよじのぼつて右四階に組合員、外部団体員約五〇名が押しかけ、会社側の作業を妨害し、非組合員を実力で三階に押しもどそうとし、双方に若干の負傷者さえ生ずるに至つた。

その後も組合員は四階全部を占拠し、繩梯子を警察に押収されたのちも再度繩梯子を用意して大挙侵入の用意をし、更に三階から五階に至る階段に常時見張りを置き、非組合員が四階に行けばそのまわりを取りかこんで口笛を吹き、又はその周囲をつきまとう有様である。

また一階においては、業務部事務室全部を占拠している外、同事務室玄関側の受附のところにも常時二、三名の組合員をすわりこませ、会社側非組合員の書類持出のための入室について一々人員を制限したり、非組合員のまわりにつきまとつて行動を監視したり、罵言を浴せる始末であつた。

以上の組合の態度によつて、会社は一階、四階をその本来の業務に使用することは到底不可能な状態に陥つた。

この状態を脱するためには、社屋の一階に四階に対する組合の占有を排除する外途がないのである。

右四階はその全部が会社の業務の中枢をなす「主婦と生活」の編集をする場所であつて、社内原稿作成、依頼原稿の検閲、婦人服等の服飾品や家庭料理等の記事の内容となる資料の整理、点検、原稿の割つけ、校正等極めて高度の精神作業が行われており、就中社内原稿の作成に至つては、特に静粛平静な職場環境を要することは明白なところである。又編集業務には膨大な辞典類や資料を必要とするものであつて、それらもすべて四階に集中されている。

また一階は業務局販売課、資材課、販友会の職場であるが、販売課は毎月一回発行される「主婦と生活」、「トルーストーリ」と毎週一回発行の「週刊女性」とを数十店の取次店とその下に連る約二万に近い書店に売捌く仕事を担当し、その日々の仕事も毎月二五〇万部以上の雑誌をその時々の形勢に応じ、又会社の販売政策に応じて過不足なく全国に配本しなければならないため、一方には数字の操作をしながら他面には市場の時々刻々の動きを観察して臨機応変の手を打つて行かねばならないのである。販友会は右各誌を都内新聞販売店に配本する部門であるから具体的な業務内容は販売課と同様である。

資材課は会社発行誌の印刷、製本に伴う用紙の配布等を管理する部門であつて、これまた高度の緊張を要する業務である。

かかる業務を遂行する一、四階の室内に争議中の組合員が鉢巻を締め、腕章を巻き、異様な風体で歩き廻わるだけで、以上の業務の遂行は到底不可能となることは明白である。まして一階、四階の組合員が前記のとおり会社の業務を妨害しているのであるから同所で業務を遂行できる見込は全くない。

会社は、社屋の所有権に基き組合の妨害の排除、妨害予防の本訴を提起すべく準備中であるが、現在の状態を右判決確定まで放置するときは、会社は重大な損失を受け、その経営が破滅に瀕することは明白であるから、申請のとおりの仮処分を求める。」というのである。

四、本件仮処分の必要性について

(一)  社屋一、四階における組合員の滞留の排除について

被申請組合員が現在社屋四階に九人、一階組合占有部分に二五人程いること、四階入口に一、二名の見張りを置いていることの疎明はあるが、組合において会社側非組合員が右一、四階に入ることを妨害している疎明はない。

これらの組合員が単に同所に留まつているということだけで、「主婦と生活」の編集、販売等の業務の遂行が不可能となるものと認めるに足りる疎明はない。

現に会社は昭和三四年四月一七日翌日から争議中の組合員のいる四階で編集業務をとることを決定したことは、組合員のいること自体が編集業務の遂行を不可能にするわけでないことを示している。

組合員が社屋の一、四階にいることだけでも編集、販売等の業務の遂行に多少の不便を伴うことは推認されるが、この程度の不便があるからといつて、これを排除しなければ会社に著しい損害があるものとは認められない。

組合員が同年四月一七日非組合員が四階を清掃しようとするのを妨害したことなど会社側の業務遂行を妨害したことの疎明はあるが、かかる行為は、おおむね別紙(二)の前仮処分命令にいう(イ)、(ロ)以外の方法による従業員の営業に従事するのを妨害する行為に該当すると認められるから、かかる行為はすでに前仮処分によつて禁止されているところである。

従つて、会社はこの種の行為に対して手をこまねいている必要はなく、前仮処分によつて対処できる方法が法律上与えられているのである。

会社は、四階の掃除に着手しただけで、四月一七日の如き抵抗を受けるのであるから、一、四階から組合員を排除する以外に同所をその本来の業務に供する途はないというのであろう。

しかし、会社側は前仮処分命令違反の事実を主張しながら、右仮処分の執行に着手した疎明はなく、従つて前仮処分の執行によつても適切に対処できない組合側の抵抗があることについては十分な疎明がないというべきである。

会社は、現在社屋二階(スタジオ、写真暗室、写真技術部室)、三階(販売促進課、宣伝課、絵画技術部の各室、応接室、電話交換室)、五階(週刊女性、トルーストーリー編集部室、広告部室)、六階(社長室、経理部、総務部室)を排他的に使用し、更に前仮処分により一、四階において業務をなし得るよう保護されている上、会社は争議後は社屋外で「主婦と生活」、「トルーストーリー」および「週刊女性」の三誌を編集し、三誌共発行を継続しているのであるから、今緊急に一、四階から組合を排除しなければ会社に重大な損害が生ずるとは認めがたく、社屋外で右三誌を編集、発行することに伴う不便、非能率の生ずることは推認されるが、これによる損害が会社の経営を危殆に瀕せしめる程の損害であることの疎明はない。

(二)  第三者の行為と本件仮処分の必要性

会社は、外部団体員等の第三者の行動を挙げて本件仮処分の必要な事情としている。

しかし、右第三者が単に組合の指図に従つてのみ行動するものであるならば、かかる者の行為は、すなわち組合の行為に外ならないから、かかる第三者の行為で前仮処分(イ)(ロ)以外の方法による会社従業員の営業活動に対する妨害があるならば、それはすでに前仮処分によつて禁止されているところである。

また仮に右第三者が組合とは独立の意思で行動する者であるならば、かかる仮処分債務者以外の者の行為をもつて、本件仮処分を必要とする事情とすることのできないことは明白である。

(三)  立入阻止その他の業務妨害の排除について

前仮処分によりすでに組合が社屋内において前仮処分にいう(イ)(ロ)以外の方法で会社従業員の営業に従事しようとすることを妨害することは禁ぜられているから、この限度において本申請はその必要性のないことは明白である。

本件争議の初期の段階において一部組合員が社屋外において会社従業員の営業に従事するのを妨害しようとした疎明はあるが、現在組合において会社従業員が社屋外での編集等の業務につくことを積極的に妨害していることの疎明はなく、従つて、将来も実力でかかる行為を行う虞があることについても疎明はないというべきである。

また疎明によれば、会社は同年四月二一日同月一七日、以降社屋正門玄関にいた組合員を排除し、現在玄関には組合員がいないものと認められるから、非組合員や会社への来訪者が社屋に立ち入るのに困難な状況にあるものとは認められない。

(四)  以上のとおり、会社が本件仮処分を必要とする点についてはすべて疎明がないものというべきである。

五、結論

本件仮処分申請書は理由がないから、申請費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 桑原正憲 大塚正夫 石田穰一)

別紙(一) 物件目録

東京都千代田区西神田一丁目三番地の一三

家屋番号同町二二番地

一、鉄筋コンクリート造六階建店舗 一棟

建坪 四四坪

二階 四四坪

三階 四四坪六合

四階 四四坪六合

五階 四四坪

六階 一四坪三合

ただし一階中、組合事務所および西南隅出入口(裏玄関)よりこれに至る通路部分(別紙図面斜線表示の部分)をのぞく。

(別紙図面省略)

別紙(二) 本件当事者と同一当事者における当庁昭和三四年(ヨ)第二一一二号仮処分主文

主文

被申請人は、その組合員が、

(イ)、別紙目録記載の建物の一階と四階に滞留すること、

(ロ)、申請人の従業員の出勤時、退勤時に人の通行の妨げとならない限度で同従業員に対し口頭で就労しないよう説得すること、

を除いて、同従業員で申請人の営業に従事することを希望する者が、右建物内で申請人の営業に従事することを妨げてはならない。

申請人のその余の申請を却下する。

申請費用は被申請人の負担とする。

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